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多様性って受け入れないといけないの?

くらしの伝える力

多様性って受け入れないといけないの?


ここ数年で『多様性(ダイバーシティ)』という
言葉をよく耳にするようになりました。

「多様性を受け入れてこれまでとは違った
新しい時代の価値観を考えていこう」
などの言葉に対して、

その通りだと思う一方、
どこか違和感を感じている部分も
私にはあります。

そこで今回は『多様性を受け入れる』
という事について考えてみました。

多様性を受け入れるに対する違和感

これまでの当たり前が変わっていく中を
生きている感覚があります。

それは画一性の時代から
多様性の時代へと
移り変わっているからかもしれません。

別の見方をすれば、
組織から個人へと
力の比重が変わってきたとも言えそうですね。

ここ数年、多様性という言葉を
よく聞くようになりましたが、
その理由の一つにSNSやYouTubeなどの
技術の進化が関係していると私は思います。

これらの技術の進化によって
個人レベルで簡単に好きな事や
自分の想いを表現できるようになったので、
今までは見えづらかったモノやコトが
顕在化してきたのではないでしょうか。

個人の主張を
簡単に発信できるようになったことが、
多様性という言葉を
世間に広く知らしめたのかなと感じています。

『多様性』とは
『多様な個性』とも言えるかもしれませんね。

ただ、多様性という言葉が
聞かれるようになっただけでなく、
同時に『多様性を受け入れる』という言葉も
聞かれるようになりました。

『多様性を受け入れる』

この言葉に対して
なぜか違和感を感じてしまう自分がいます。

その理由を考えてみると
「多様性を受け入れるという考えに
画一性を感じる(多様性を感じない)」から
違和感を感じてしまうのかもしれません。

「『多様性』という複数の答え」に対して、
「『受け入れる』という一つの選択肢しかない」ことに
どこか気持ち悪さを感じてしまう。

これが違和感の正体のように思います。

どんな人も受け入れないといけないの?

例えば、学校の先生が
「これからは多様性の時代だから、
どんな人であっても受け入れましょう」
と言ったらどう思うか?

もちろん何も違和感を
感じない人もいるだろうけれど、
私は素直にその言葉を聞けない気がします。

それは『どうしても受け入れられない人はいる』から。

考えが全く合わない人や苦手意識のある人、
そういった人を無理に受け入れることは
私にはできないと思う。

それは『多様性を受け入れる』という事に対して
私が『自分の内側に入ってくる感覚』を
持ってしまうからかもしれない。

心のパーソナルスペースに
急に新しい価値観が侵入してくることに対して、
どうしても息苦しさを感じてしまう。

納得できないものを
納得できないまま受け入れ難いし、
いきなり新しい価値観を押し付けられると
自分の気持ちが整理できずに
苦しんでしまうのですね。

だから『多様性を受け入れる』という
一つの答えしか持てない考え方を
私はしたくはありません。

では、どういう考え方を持てばいいのでしょうか。
考えてみましょう。

『多様性を知る』に活路を見出してみる

私にとって『多様性を受け入れる』
という言葉がしっくりこないのは、
自分の内側に入ってくる感覚、
納得していないのに認めないといけない
価値観を押し付けられてしまう感覚を
持ってしまうから。

だとするなら、自分の内側ではなく外側、
『受け入れる』ではなく『存在を知る』ことで
折り合いをつけられないかと考えてみました。

多様性は排除してはいけないと思う。

それは自分と考え方や価値観が違うだけで
間違いという訳ではないから。

ならば、
『自分と違う感覚を持つ人が存在すると知る』ことから
始めてみてもいいかもしれない。

『多様性を知る』とすることで
相手をいきなり否定しない。

そして、自分の外側に置く事で
理解する時間を設ける。

最初から必要以上に関わらず
距離を置くことが出来れば、
これからの多様性の時代を
うまく立ち回っていけるのではないかと
感じています。

好き嫌いをすぐに判断しない

多様性の時代を生きていく上で大事になるのは
「好き嫌いをすぐに判断しないこと」かもしれません。

自分が知らない世界に突然入り込むこと、
あるいは自分の世界に
知らない何かが入り込むことは
とても不安です。

不安だから悪い印象を持ちやすいし、
自分を守るために相手を否定したくもなる。

けれども、相手を知ることや
自ら学ぶことで理解が深まれば、
自分にない感覚も
決して恐れるものではないはずだし、
逆に楽しいと感じることがあるかもしれない。

「出会った時は印象が悪かったけれど、
今ではいつも一緒にいる」なんて
話は珍しいことではありませんよね。

だから、多様化が進むこれからの時代は
「いきなり受け入れる」ではなく、
「まずは知る」ことから始めてみたい
と私は考えます。

知らないことを知るのは刺激的なことですし、
新しい価値観も知っていくことで
面白がれる気がしています。

スピード重視の現代は
理性よりも感情の方が強く働きやすい。

けれども、好き嫌いをすぐに判断してしまうと
多様性という言葉に対しても
『受け入れる』という
画一的な考え方しか
できなくなってしまうかもしれません。

もちろん、どんな相手でも
受け入れる器量があるのなら
何も問題はないでしょう。

ただ、もしそうではないのなら
『受け入れる前に知る』段階を
設けてもいいかもしれませんね。

物事をすぐに決断する力は大切、
けれども時間をかけて考える力も
同じように大切。

心にポケットを用意して答えを
一時的にしまっておける空間があれば、
多様性の時代も
柔軟に対応できるのではないでしょうか。

私はまだまだ知識や経験が乏しいし、
積極的に情報を取りに行かないので
世の中知らないことばかり。

だからこそ、自分が新しい情報を
知った時はじっくり考えて、
それから受け入れるかどうかの
判断をしていきたいと思います。

マナビエル文章サポート担当 
松田 裕司

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